「ちょっと前までは体力も気力もあったんだけど、今は両方無くなったから誰かに頼るしか無いんだ」
高齢なので年相応に弱って来たと言うことかと思って話を聞いていましたが、そうでは無く病気の進行だった・・・
変な現象が増えて来たことで「老化だから仕方ない」何て思い込むってのは危険。
仕事上、高齢の大家さんや地主さん宅へ出入りしていますが、転びやすくなったとか習慣になっていたことが出来なくなった等、行動の変化が起きた時には脳を調べられる病院で精密検査をするべきだと聞いてはいましたが、ホントその通りでした。
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出来る事は元気なうちにやっておくべき。
人生どうなるかわからない。
と言う感覚が普通の感覚?
若くても高齢でも元気でも病気でも必ず最後は死ぬと言うことだけはわかっています。「明日であんたの人生終わりだから」なんて感じで教えてくれる訳でも無く、多くの場合は死ぬことなんて考えてもいない感じなのでしょう。
まぁ 今現在生きている人は死んだことが無いのだから当然かも知れません。
それが、病気になったとわかると、いろいろ見つめ直す機会となって備えをしようと思い準備を始めようと思う。
そこら辺が、終活をしようと思う原動力の一部なのかと思っています。
過去の思い出をまとめる。
エンディングノートを作成する。
遺言書を作成する。
体力が無くなっても気力さえあれば誰かにサポートしてもらい終活が実現出来ると思います。
これが病気やケガで気力まで無くなってしまったら、歴史を紐解く的な感覚でまとめあげてくれる人がいない限りはその人の人生の記録は風化してしまうことでしょう・・・
ちょっと朝のブログで書ける内容では無くなって来たので、後日きちんと話をまとめようと思います。
2日前にも書きましたが、「思い出まとめ」・「エンディングノート」・「遺言書作成」については人様のお役に立てる有意義な仕事だと強く思うようになってきました。
当ブログの古い読者さんは「またその話し」的に何度も登場している「やりかけて実現していない話し」であると感じると思います。自分もそう感じますので、そろそろ本格的に活動してみることで先に進めてみます。
「仕事が忙しい」とか、「他にやりたいことが出来た」とか、流れに任せて生きているような状態を抜け出して、「仕事として」「やりたいこととして」の段階に移行できるよう、チャレンジしてみます。
ではまた明日









確かに耄碌を出されたら何も言えない、俗に言う受け身の必殺技ですが、いつまでも後進に譲らないものも困り者。